USA2000 再録 2005年 お盆に
2000年に訪れたデジカメ・フォト記録
訪問地 NY、ボストン、アトランタ、ユタ州
【6月某日 USAに旅立つ】
思い立ってから何とか半年がかりで仕事を調整して夫婦揃って出かけました。荷物は夫が大きなスーツケース、私はグリーンのソフトケース。後は機内持ち込みのショルダーバック各1個ずつ。半月もの旅行にしては軽装なのも着替えがかさばらない夏のせい。
京都から新幹線で東京へ出て、成田エキスプレスで成田国際空港からデルタ航空でオレゴン州のポートランドまで。50代と思えるような中年客室乗務員がテキパキと働いている様は気持いい。8年ぶりの夫婦揃ってのフライなんだからと、奮発してのビジネスシートはゆったりとして有り難い。ウエブ上で見つけた全米4都市周遊チケットはかなりのディスカウント。機内食は動きが少ない機内で胃にもたれないように配慮されたメニュー。「マルゴー」と聞いて思わず「プリーズ」と赤ワインまでいただき、気分は上々。悲壮な覚悟で2人の娘とお腹にも入れて渡米した25年前とえらい違い。
機内では「オールアバウト・マイ・マザー」もビデオ・リストに入ってはいたが、アジア〜USA便は見られず残念。マルゴーがよく効いて眠たくなる。機内がザワザワしてきて目が覚めたら後数時間でポートランド。森に囲まれたカナダ的な風景画眼下に見え始めエキサイティング。トイレットでラベンダーの香料を振りかけ リフレッシュ。いよいよアメリカだ!
入国はしたもののNYまでのフライトがあと大仕事。夏休みなのでバカンスの出かける家族連れで空港は賑わっている。
日本に比べていちだんと女性たちの服装の露出度が激しい。売店には流行のベーグルが山積みされているが不味そうで食指が動かず。約2時間も待ち時間があったので小さなお寿司のランチをとっておいたが(日本人客も多い空港)、ファーストクラス(国内便は2クラス)は搭乗後すぐにランチが出たんだ〜。サラダのみ手を付ける。
近くの席にビジネスマンが2人並んで座る。親しそうにさっそくおしゃべりが始まる。しかし、この2人は今、この席で乗り合わせてだけの関係。夫が旧知のごとく親しそうに喋る彼らのフランクさに感心することしきり。男性同士の気安さからだろうけど。しかし、日本人同士はこうはいかない。無関心を装い合うひとの方が多い。 NYまではまだまだ遠い。日本からの時差と米国内の4時間の時差。ウエストコースト、インターマウンテン、ミドル・ウエストを経て、NYはイースト・コースト時間。それにサマータイム。時計が変になるよ〜。超長〜い一日
【6月某日 NY到着】
NY到着は日本を発った同じ日の午後9時半。初めて降り立ったJFK空港は汚い空港だった。ただバッゲッジをピックアップすればすぐにタクシー乗り場に出られるので移動が楽。しかしタクシーがなかなか来ない。道路も混んでいて結構ホテルまで時間がかかった。宿泊先はグランドセントラルに近いクラシックなルーズベルトホテル。他に泊まりたかったホテルは満室で連泊ができず、駅に近いと言うことでここになる。直ぐ前に旭屋書店がある。
ギリギリ11時までメインのレストランが開いているというので飛び込む。もう遅いので前菜を二品とスープとワインだけにする無事アメリカ到着に、乾杯!。クラブケーキ(カニの身をほぐして繋ぎで作ったパンケーキ状のもの)が美味しかった。このホテルはイタリア系なのだろうか?スタッフの英語と顔立ちからそう思える。ああ、疲れた〜、お休みなさい。明日は頑張って精力的に見て回ろう!
【6月某日 NYお上りツアー】
その1)
朝食は昨夜チェックしておいたホテルの隣のデリ(Delikatessen)ですます。ホテルの隣にこんな便利な店があるとチップのいるホテルのレストランでするよりも少なくとも朝食はこれがいい。街角にピンからキリまでこの手の店を見かける。それにスタバックスコーヒー。オフィスが多いNYの傾向かしら?
デリには調理した豊富なメニューがドーンと揃っていて、店内で食べるのもよし、テークアウトもOK。お味は良くないがアメリカ並の味か(笑い)。仕切のある使い捨て容器に好きなものをとってレジで計算してもらう。タップリのミルクにコーヒーとサラダ、フレンチトーストなどのモーニング。ホテルで取るよりも窓辺からNYの朝の表情がよくわかって面白かった。それにしてもこの無表情で愛想も何にもない店はどうだ。オーナーはコリアン・アメリカンのようだ。鋭い目で従業員に目を光を光らせている。床拭きなどの下働きに使われているのはピスパニック。レジはコリアンの娘。NYの店売りフード関係業界はかつては移民のイタリアンが仕切っていたが、この数年は働き者で一族の結束が堅いコリアンがのしてきて7割がたそうだという。ボストンに旅立つ早朝6時にもここを利用したが、オーナーと思われる男が店の隅で豆の鞘をせっせと剥いていた。
7時はもう出勤ラッシュ。スーツ姿の男性がそれぞれ自分にあったものを着こなしている。カジュアルな服の男性は一様に綿コットンパンツ、チノパン。
後で立ち寄ったザ・ウオルドーフ・アストリア・ホテル前にはパークアベニューに向かうビジネスマンたちはお腹の出たものなど誰もいないんじゃないかと思えるほど綺麗にスーツに身を固め、足早にオフィスを目指している光景に暫し見とれていたものだ。
ザ・ウオルドーフ・アストリア・ホテルにわざわざ立ち寄ってみたのは25年前の思い出に遡る。ニュー・イヤーズ・イブにTVから流れる恒例のガイロン・パワー指揮の楽団が奏でる螢の光でワルツを踊るザ・ウオルドーフ・アストリア・ホテルの大広間からの生中継を見ながらイーストコースが新年を迎えたことを知る。優雅なNYの年越し風景だ。やがてその2時間後にインター・マウンテン地方も新年を迎えることになり、大学のアパートのあちこちからクラッカーの賑やかな音が聞こえてきたものだ。
その2)
初めてのNY。まず高いところ好きの当方、お上り観光ツアーの定番、摩天楼にお上りになった!(笑い)
(いまはなきツインタワーが見えている)最近では珍しく良く晴れ上がってラッキーな晴天だと現地のひとが言うように自由の女神のリバティー島まで綺麗に見える。高さでは惜しくもこの摩天楼に負けてしまったがクライスラービルがひときわ美しく輝いている。時間が惜しくて敢えて自由の女神を見に行く観光船には乗らず、バッテリー公園から見る。ここにはフェリーの船着き場があり、『ワーキング・ガール』でメラニー・グリフィスがスタッテン島からフェリーに乗って通勤するオープニングのシーンを思い出す。遙かかなたにその島が霞んで見えた。
泊まっているホテルから1ブロックにある改装されて見事にクラシックな古きグランドセントラル・ステーションは『恋に落ちて』の舞台。
郊外電車に乗り合わせる既婚者の恋物語(出会いのきっかけとなった5番街に近いバーンズ&ノーブルという書店もチェック)。
この駅の地下は食料品から、わりに質のいい雑貨、衣類などの店があり、大阪駅の地下よりも雰囲気がよく落ち着いている。
有名な牡蠣料理の「オイスター・バー」のことはアトランタの娘からもNY2000年女性会議に参加した先輩のHさんからも聞いていたが時間がなくパス。ここにもまた牛さんがいました。
中二階にはカフェと軽食コーナーがありここから眺める駅の風景は飽きることがない。ブルックリン橋も見たかったので一番美しく見える場所でショット。
翌日この橋を使わずに地下鉄(橋を越えると地上駅となる)でブルックリン地区のだいぶ奥の方までいって見る。
ニューヨーカーといっても、人種と職業ではっきりと住む地域がわかる階層社会の現状を垣間見る。
その3)
2日目の夕食はホテルで軽くシャワーを浴びて正装でディナーに出かける。ホテルの前はいまからデイナーに出かける泊まり客のタクシーを待つ列ができていて、NYの活気がよくわかる。英語の分からないタクシーが配車されたのでパスして次の客に譲ったところ、そのイタリア人の一行も途中で引き返してきた。イエローが週末の夕方でつかまらずに、ドアボーイが呼んだのが白タクだったからかもしれない。確実に来てくれるけど、英語がダメだったり、料金が少し高かったりする。潜りのタクシーなんだから。ボストンに向かう朝、JFK空港まで確実に早く着けてくれたのもホテルが配車した白タクだった。夫が一緒だったので利用したが女連れだったらお薦めしない。
さて、行き先はアメリカ史やアメリカ文学に詳しい夫が日本から既に予約を入れておいてくれたウオール街にある「デルモニコ」というレストラン。文学作品に出てくる創業100年以上になる格式の高い店なのだそうだが、どのガイドブックにも紹介されておらず、少々不安になったがタクシーが旨く連れていってくれた。
かつてほどの名声はもうないかも知れないがウオール街で働く人々らしき一団などで賑わっていた。京都の老舗レストランの「萬養軒」だって近ごろのガイドブックには出ていないはずだからそんなものかも知れない。観光客が行くレストランではないから。よく料理法と食材をチェックしてオーダーする。メニューは英語だから何とかなる。
クラシックな店とサービスに満足しながらNY2日目が更けていく。夫が席を外したうちにシャイな彼に替わってなで私たちが日本からわざわざ予約を入れてまでここにきたかを年輩の給仕人に説明する。その作品を言って見せたら感激して奥に入っていく。しばらくしてそれならと、記念に夫婦のツーショットを撮ってくれる。
そして、支配人がやって来てもし興味があったら地下も案内するといってくれた。
ワイン貯蔵庫、ゲームバー、作家の名前を付けた特別室などを見せて貰う。何でも言ってみるものよ〜、と夫を牽制する。彼も満足そう。
店で呼んで貰ったのはまた白タク。どうも英語がまた怪しいが「ブルックリン橋を渡って対岸のマンハッタンの夜景が綺麗に見えるベストプレースに連れていって欲しい。その後ホテルまで」と何とか話しを付ける。無線で連絡をとっている言葉からするとベトナム人か?愛想は良く安心できる白タクだった。夫というガードマンがいてこそできる夜の個人観光ではある。私ひとりなら無理だろう。デザイナーの二女は何度も仕事でNYに来ているが、私も良く知っている幼なじみの男の子がNYに住んでいるので一人のNY出張の時は彼にお世話になって、空港への送迎と夜のご飯などをつき合って貰っているらしい。マンハッタンの夜は更けて・・・。
【6月某日 メトロポリタン美術館 セントラルパーク】
朝のメインストリートを歩くのは気持がいい。メトロポリタンと名が付く有名な処が2つある。現在、レヴァインが総監督を務めるメトロポリタン歌劇場。『月が輝く夜に』で噴水前でニコラス・ケージと待ち合わせ、ゴージャスなシャンデリアの下がる階段を進み行くシェール。オペラは「ボエーム」。
もうひとつはメトロポリタン美術館。朝の混まないうちにとそちらに向かう。
美術好きの私たちはNYでも美術。気付けば夫はもうここの会員になっていた。おかげで入場はフリーパス。余りゆっくりも見られないが、ポイントは心得ている。建物もさすが金持ちアメリカ、ゆったりと造られている。2001年、来世紀の卓上カレンダー(NYを撮ったモノクロ写真)がもう販売されていたのでお土産用にゲット。
早い目のランチを館内でとる。セルフサービスのカフェテリアもあったが、中央のテーブル席のレストランでちゃんといただくことにする。アメリカ料理というのだろうか、そうに違いない。
お腹がいっぱいになり元気に側の道からセントラルパークへと入っていく。ここをゆっくりと散歩気分でウオーキングするのをとても楽しみにしていた。摩天楼が建てられるほどマンハッタン島の強固な岩盤を破壊して造られた痕跡が所々に遺る岩と丘からなる起伏に富んだ敷地。巨大なビル群島になる前にセントラルパークという広大な緑地を確保して置いた先見の明は凄い。
一様に乳母車に小さな日傘を差し掛けての散歩、遊具で幼児を遊ばせているアフリカ系のベビーシッターにいっぱい出会う。ママはあの向こうビルのオフィスで高給で働いているのだろう。
あと映画『セレブリティ』(ウッディ・アレンが、セレブリティ(有名人)たちの
内幕をブラック・ユーモア満点で描いた群像ドラマ。風刺の効いたアレン流演出が秀逸。レオナルド・ディカプリオをはじめ、数々のセレブリティたち、実際のハリウッドスター がにぎやかにご登場)の舞台となったVIP御用達のザ・プラザホテルの前を通って5番街を南下したが、ブランドにはご用はないのでタイムズスクエアとブロードウエーに行く。
夕食は簡単にグランドセントラルのカフェテリアでサンドイチで済ます。NYニューカマーという風で全然英語が話せないヒスパニック系には難儀した。デリで食べるんだった。
ちなみに現在全米のマイノリティーの人口比は、アフリカ系が12%、ヒスパニック系が12% ヒスパニック系の増加率(1990年〜2000年で43.7%)が高いために2005年にはアフリカ系を抜くと予想されている。またアジア系アメリカ人(全米に占める人口比は4%)の人口増はそれよりも高い。同期間で48.2%。(朝日新聞(「アメリカ大統領選とマイノリティー」7/12)
【6月某日 ボストン その1】
ボストンへ向かうJFK空港のデルタ航空出発ゲートは中南米へお里帰りする家族連れで混雑していた。ボストン便は1クラスだけでしかも小さなプロペラ機。
ボストンに近くで揺れがひどい。JFKジュニアが飛行機事故で亡くなったのを思い出す。 空港から市街地までの沿線はクレーンがいっぱい上がり、ここでもNYに負けないくらい建築ラッシュ。チャールズ川にヨットが浮かんでいる。
まず、市内の中心部のホテルに落ち着く。このホテルはハンガリーからの移民夫婦が創業。ハンガリー料理を食べさせるブダペストというレストランは有名らしいが、パス。ボストンではロブスターを食べたい!フロントでいいところを教えても貰って今夜の夕食は予約しておく。
ボストンには市街地にも電車(路面だったり、地下だったり)が走っている。市内これに乗れば大概の処にいけるのでよく利用されている。3日間フリーパス券を買う。まずハーバード大学に出かける。駅の広告に彼が・・・ここはボストン、JFK王国なんだ。
夏休みのためか学生よりもアメリカ中からやって来た「お上りさん」が多いこと。ゆっくりくつろいだ雰囲気が学生街に漂っているのでこちら、日本からのお上りさんも気楽にのんびりとできそうでうれしくなる。白塗りの天使さま路上パフォーマーが人気を集めていた。
大学生協で文具を買ったり、ブックストアを覗く。ベティー・フリーダンの新刊が出ていた。
広大なキャンパスを歩く。正面に見えるのは有名な大学図書館。
ついでに姉妹校のラドクリフにも寄ってみる。綺麗なキャンパスだ。ハーバードと2ブロックくらしか離れていない。
【6月某日 ボストン その2】
夫はボストンに詳しく、しかもある著書に「バーバード学」なるページまで設けてアメリカ通の面目躍如。今回もポイントを押さえてくれていたので効率よく市内を歩き回ることができた。ハーバードのお隣のMITのカフェで軽く夕食を済ませたり、思い切り海洋都市、ボストンを堪能するロブスターと格闘する夕べなどバラエティーに富んでいたのもリピーターつきゆえと感謝。
ホテルで教えてもらった繁華街、コプレーにあるロブスターを食べさせてくれるレストランは満員。お隣の男の子2人組は私たちに挨拶して着席するほど礼儀正しく、会話の内容も知的でハーバードかMITの学生と見た。
おかげでこれからどんなビッグなロブスターに出会っても慌てずにいただける度胸と食べ方の学習ができた。一番伝統的な料理法のメニューを選ぶ。ボイルしたロブスターとスティーム・ポテト添え。
ハンサムウーマンをイメージさせる具体的なイメージは自由の女神であるとあちこちで言ったり書いたりしておきながら肝心のそれをリバティ島まで見に行く時間がなく残念だったが、ボストンで凛としたハンサムウーマンを彷彿させる銅像に出会った。 ダウンタウンのブックスストア前の広場だった。
ロンドンの高級住宅街を真似て造られたWASPたちの住むビーコン・ヒル
グラナリー墓地、ボストン茶会船なども訪れる。
アメリカ史の古都(1000年の都、京都と姉妹都市)は200年の史跡。
一番活気に溢れていたのはクラシックなファナル・ホールと呼ばれるホールを中心に建っている商業地域、クインシー・マーケット。カフェテリアとブティックが目白押しに入っていて年中お祭り広場の感ありらしい。ランチはここでサンドイッチにしたが、何処で食べよりも一番美味しかった。友人へのお土産、キッチン用品などをゲット。
【6月某日 ボストン その3】
たとえ鉄道を利用しなくても訪れた都市のセントラル駅は行ってみたいと思う。NYからAmtrakの急行でボストンのサウス駅まで5時間。日程に余裕があれば是非Amtrakに乗りたかったのだが。
アメリカ・ユタ州生まれの息子は大学4回生のときゼミの友だちを4人引き連れてサンフランシスコから大陸横断鉄道の旅をやってのけた。現地に入ってはじめてわかったことらしいいが、既に廃線になっていた区間もあってその区間をグレンハウンドで繋ぎユタ入り。今回私たちが再会することになる友人夫妻にお世話になって写真でしか知らなかった生まれた病院や住んでいたアパート(2歳で帰国)訪問、オリンピック会場となるスキー場でのスキーなどをやらせて貰ったらしい。そして、シカゴ経由でNY入りしてクリスマスを迎えたらしい。「アメリカ生まれ、海外ロケに強い」と豪語して希望の職業にサクセスしたらしいので、就職する前に生まれた国を見ておく必要があったのだ。彼がアメリカで買ったものを言えば、カルバン クラインの下着のみで豆多袋的なナップサック一つの極めて身軽な旅だった。日本国内もそんな調子で身軽にあちこちいっていたのが今の仕事に役立っているのかも知れない。ロケの多い仕事だから。
【6月某日 ボストン その4 ボストン美術館 】
この冬にボストン美術館の名古屋分館(名古屋市JR金谷駅前)にいく機会があったのでボストンで一番楽しみにしていたのが美術館行きだった。ボストン・シンフォニーホールから2駅行くと電車からその堂々たる建物が直ぐに見えてきた。
お目当てはやっぱりフランス印象派。モネの「ラ・ジャポネーズ」「ルーアン大聖堂」、ルノアールの「田舎のダンス」「都会のダンス」(1883年 オルセー美術館)の関連作でルノアール最初の大画面作「ブージヴァルのダンス」(1883年)を見ることができた。
オルセーを訪れておきながら2作の「ダンス」を見逃し、フランス通の友人にこのダンスのレターセットをお土産に貰ったのはいいが、「私、知らなかった!」という曰く付きの絵。後日、ルノワール画集を買い求めてしっかりとルノワールをチェック。そして、1年後にボストンでその関連作に出会えたので余計にうれしかった。
「ルーアン大聖堂」はモネの連作シリーズの1つで、その友人があるエッセイで「曇り日の大聖堂」について書いている。アメリカはお金持ちだからオルセー並みに所蔵できるのだろうか?それでも「フェルメールの作品はここにありますか?」とイギリス紳士風のキューレーターに尋ねたところ、「生憎わが館では所蔵しておりません、マダム」という一幕もあり。
また、私の個人的な興味に過ぎないのだが、高樹のぶ子の『イスタンブールの闇』 のテーマの一つであるトルコの16世紀後半だけに焼かれたイズニク・タイルの朱だと思われるトルコ陶磁器を見る僥倖を得た。一日中ここにいたいと思えども、そうもいかずいつかまた来れるとは思われないが、仕方なく引き上げる。